新潟地方裁判所 平成5年(ワ)276号 判決 1999年9月30日
原告
荒池延幸
右訴訟代理人弁護士
漆原良夫
同
清見勝利
右訴訟復代理人弁護士
井田吉則
同
豊浜由行
被告
正覚寺
右代表者代表役員
佐藤一応
右訴訟代理人弁護士
小長井良浩
同
今井誠
同
馬場泰
右訴訟復代理人弁護士
辻澤広子
主文
一 原告が被告に対し、新潟市上新栄町<番地略>所在の被告墓地内の別紙正覚寺墓地配列図に赤色で表示された墓地区画内に別紙墓石図面記載の墓石を設置する権利を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、原告が新潟市上新栄町<番地略>所在の被告墓地内の別紙正覚寺墓地配列図に赤色で表示された墓地区画内に別紙墓石図面記載の墓石を設置することを拒絶してはならない。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 原告
1 主文第一項と同旨
2 (選択的)
(一) 被告は、原告に対し、原告が新潟市上新栄町<番地略>所在の被告墓地(以下「被告墓地」という)内の別紙正覚寺墓地配列図に赤色で表示された墓地区画(以下「本件墓地区画」という)内に別紙墓石図面記載の墓石(以下「本件墓石」という)を設置することを妨害してはならない。
(二) 主文第二項と同旨
(なお、原告が、被告に対し、本件各請求と併合(単純併合)して求めていた本件墓地区画内に「荒池家之墓」と刻印した墓石を設置する権利の確認請求及び右墓石設置への妨害排除又は拒絶禁止を求める請求は、被告が右確認請求及び妨害排除請求を認諾したことにより終了している。)
3 主文第三項と同旨
二 被告
1 (本案前の答弁)
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 (本案の答弁)
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
被告は、昭和三五年二月一日に成立した宗教法人(日蓮正宗の末寺)であり、佐藤一応(以下「佐藤」という)は、昭和五〇年一二月被告の代表役員に就任した被告の住職である。
2 永代墓地使用権の取得
原告は、昭和四九年、被告との契約により、被告墓地内にある本件墓地区画の永代使用権を取得した。
3 被告による本件墓石設置の拒絶・妨害等
(一) 原告は、平成五年四月一八日、佐藤と面談し、本件墓地区画内に、日蓮正宗の過去帳に記載されている題目「妙法蓮華経」の文字を刻印した請求の趣旨記載の墓石(本件墓石)を設置したいと申し出たが、佐藤は、墓石の題目は被告の住職である自分が書写した文字を用いなければならないとして、原告の申出を拒絶した。
(二) 被告は、本訴において、原告が本件墓地区画内に本件墓地を設置する権利を有することを争い、その設置を拒絶している。
(三) 右(二)のような被告の対応等から、原告が本件墓石を一方的に設置した場合、将来被告からその撤去を求める訴訟が提起される可能性があるほか、原告が本件墓石の製作を発注している株式会社増子石材店に対して、本件墓石の設置を認めない旨の働きかけがされ、その設置が事実上行えない事態が予想される。
4 よって、原告は、被告に対し、本件永代使用権に基づき、本件墓地区画内に、本件墓石を設置する権利の確認及び右設置の妨害排除ないし拒絶禁止を求める。
二 被告の本案前の主張
本件墓地区画は、専ら日蓮正宗の信徒及びその親族ら有縁者のために設置され、被告によって維持・管理されてきた寺院墓地内にあり、同宗においては、教義ないし信仰上、墓石に刻印される題目は、葬祭儀礼を司る同宗の住職によって書写されなければならないとの定めがあるところ、原告の本件請求は、右定めに違反して、過去帳の題目を刻印した墓石の設置を求めるものである。そして、これをどの範囲において許容するかは、日蓮正宗関係者が自治的に定めるべきものであり、裁判所が、右教義ないしこれに由来する宗教行為の内容にわたって判断することは、被告の信教の自由を侵害し、宗教団体の自治を侵すものとして許されない。
三 被告の本案前の主張に対する原告の答弁
本件は、原告が求める本件墓石の設置が認められるか否かという、本件墓地区画について定められている被告墓地の使用規則(以下「本件墓地使用規則」という)の解釈の問題にすぎず、被告の主張は失当である。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は、いずれも認める。
2(一) 同3(一)の事実中、原告が、平成五年四月一八日に、佐藤と面談し、墓石を設置したいと申し出たことは認め、その余は否認する。
佐藤は、原告から墓石建立の申出を受けたことから、これに関する一般的説明として、墓石には必ず被告住職の書写した題目を刻印することとされている等の説明をしたところ、原告が日蓮正宗の法主の題目を所持することを希望したことから、右題目を事前に確認することになり、その機会を待っていたところ、平成五年六月、突然本訴が提起されたものである。
(二) 同(二)の事実は、認める。
(三) 同(三)の事実中、墓石撤去を求める訴訟提起の可能性については認め、原告の墓石発注の事実は知らない。その余の事実は否認する。被告が、石材店に対し、不当な圧力を加えてその動静を左右することはない。
五 抗弁
1 本件墓地使用規則上の合意による制約(抗弁一)
(一) 本件墓地区画は、専ら日蓮正宗の信徒らのために設置され、同宗の末寺である被告によって維持・管理されてきた、いわゆる寺院墓地内にあり、その使用資格については、本件墓地使用規則五条により「本宗信徒としてまたは本宗で祭祀を主宰する者」と定められている。
そして、原告は、本件永代使用権を取得した当時、日蓮正宗信徒として、被告墓地における墓石建立等は日蓮正宗の教義に則り行われることを承知のうえ、墓地の使用を申し込み、「日蓮正宗で祭祀を主宰する」旨合意して、その権限を得たのであるから、日蓮正宗において定められている後記(二)の方式に従って、墓石を建立する義務がある。
(二) 日蓮正宗においては、教義ないし信仰上、墓石の建立については、次のとおり定められており(以下これを「本件方式」という)、本件墓石のように、過去帳に記載された題目を墓石に刻印することは許されていない。右方式は、確立した慣行ないし準則であり、被告は、これまで、この方式に従って被告墓地を管理してきた。
(1) 墓石正面には、題目(「南無妙法蓮華経」の七文字ないしは「妙法蓮華経」の五文字)を刻印すべきこと
(2) 右題目は当該寺院の住職の書写によるべきこと
(3) 墓石は日蓮正宗僧侶(通常は同寺院住職)により開眼供養すべきこと
本件方式の趣旨は次のとおりである。題目は、単なる文字ではなく、日蓮正宗の教義上、本門戒壇の本尊そのもので、日蓮正宗の信仰の主体の中心をなすものである。そして、本尊たる題目の書写は、日蓮正宗の法主のみが有する権限であり、その允可のもとに末寺住職らに題目の書写が許されているが、題目の書写と下附は、特定の信仰の節目において、具体的な宗教行為の下でなされるものであるから、墓石の題目については、当該故人の埋葬儀礼を主宰すべき僧侶により書写のうえ下附することが必要とされるのである。
本件方式は、七〇〇年にわたって、日蓮正宗の不文律である「山法山規」として伝承され、同宗の儀式典礼について記載した「化儀抄」、「化儀参考」や「日蓮正宗教師必携」等にも定められている。
2 寺院墓地における墓石設置に関する制約(抗弁二)
原告は、現在、日蓮正宗の信徒資格を喪失しているが、本件墓地区画が被告の寺院墓地内にあることや、原告の本件永代墓地使用権の取得経緯に鑑みれば、原告は、信徒資格を喪失した後であっても、本件墓地区画に墓地を設置するにあたっては、本件墓地の寺院墓地としての性格を尊重し、現にこれを維持・管理する被告の宗教的立場を尊重し、少なくともその宗教的感情を損なうことのないようにする義務がある。
よって、過去帳の題目を流用した墓石を建立するといった、被告の宗教的感情を著しく侵害する行為をすることは許されない。
六 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)の事実中、本件墓地区画が寺院墓地内にあり、その使用資格について、本件墓地使用規則五条により「本宗信徒としてまたは本宗で祭祀を主宰する者」と定められていること、原告が、本件永代使用権を取得した当時、日蓮正宗信徒であったことは認め、その余は否認する。
(二) 同(二)の事実は、否認する。
日蓮正宗には、墓石について本件方式によるとの教義は存在しない。仮に、被告墓地において、本件方式が行われていたとしても、単に便宜上行われてきたものにすぎない。
2 抗弁2の事実中、現在原告が日蓮正宗の信徒でないこと、本件墓地区画が寺院墓地内にあり、被告の信教の自由も十分尊重されなければならず、その点で、本件永代使用権に一定限度の制約が存することは認めるが、その余の事実は否認する。
本件請求は、他宗派の題目ではなく、日蓮正宗の過去帳の題目の文字を墓石に刻印することを求めるものであり、被告の宗教的感情を何ら害するものではない。
第三 当裁判所の判断
一 本案前の主張について
本件は、原告が、本件墓地区画内に本件墓石を設置することができるかという点に関して、本件永代使用権の制限の可否が争われている訴訟であり、後記のとおり、日蓮正宗の教義の解釈ないしこれに由来する宗教行為の当否について判断することなく、実体判断することが可能なものであるから、被告の主張は採用できない。
二 請求原因について
1 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因3のうち当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一一、乙一四、原告、被告代表者)によれば、原告は、昭和四九年に本件永代使用権を取得して以来、経済的な理由から本件墓地区画に墓石を設置できずにいたが、子供が成長して経済的余裕ができたことなどから、同区画に墓石を設置することを決意し、平成四年一一月ころ、増子石材店に対し、墓石の製作を発注し、平成五年四月一八日、妻とともに、被告を訪れ、佐藤に対し、本件墓地区画に、日蓮正宗の法主が作成した題目を刻印した墓石(本件墓石)を設置したい旨申し入れたが、佐藤から、墓石には被告の住職である同人が書写した題目を刻印する必要があると言われ、承諾を得られなかったこと、被告は、本訴においても、本件墓地区画に建立する墓石には被告の住職が書写した題目を刻印する必要があるとして、原告が本件墓地区画内に本件墓石を設置する権利を有することを争い、右墓石の設置を拒絶していることが認められる。
三 抗弁一について
1 当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一ないし五、原告、被告代表者)によれば、被告は、昭和三五年二月一日に成立した宗教法人(日蓮正宗の寺院)であり、昭和三八年三月、新潟市上新栄町に、日蓮正宗の信徒及びその親族ら有縁者のために墓地を開設し、その使用について本件墓地使用規則(甲二)を定めて、同墓地を維持・管理してきたところ、昭和四九年八月、原告は、日蓮正宗の信徒として、本件墓地の使用を申し込み、被告がこれを承諾したことにより、本件永代使用権を取得したこと、その際、墓地の使用については、本件墓地使用規則によるものとの合意がされ、右規則第五条は、本件墓地の使用資格を「本宗信徒又は本宗によって祭祀を主宰する者」に限定している事実を認めることができる。
2 以上のとおり、本件墓地区画は、被告が、日蓮正宗の信徒らのために開設し、維持・管理している、いわゆる寺院墓地にあり、その使用資格を、規則により、同宗信徒又は同宗によって祭祀を主宰する者に限定していることからすれば、本来、同墓地に墓石を設置する者は、日蓮正宗の典礼施行に従って墓石を設置することが予定されていたものと解することができるが、他方で、本来、本件永代使用権は、墳墓を設けるため、期間を限定せずに墓地区画を使用できるという、永久性、固定性をもった権利であり、その間、仮に墓地使用権者の信仰が変わり、日蓮正宗の信徒でなくなったとしても当然に消滅するものではないことや、墓地という性質上、公共的な側面も有していることに鑑みると、本件永代使用権の内容自体を制限するためには、当事者間、すなわち墓地使用権者である原告と墓地管理者である被告との間で、右契約当時、当該制限につき具体的に合意がされていたか、そうでなくとも、本件墓地が寺院墓地であることから、原告及び被告が、被告寺院墓地において確立した慣習としての当該制限に従う意思を有していたと認められることが必要であると解するのが相当である。
3 まず、原告と被告との間で、本件永代使用権設定契約当時、本件墓地区画に設置する墓石に被告の住職の書写した題目を刻印する旨の合意がされていたかについて検討するに、前記1の事実によれば、原告は、日蓮正宗信徒として、被告墓地の使用を申し込み、被告との間で、本件墓地使用規則によって本件墓地区画を使用する旨合意したが、証拠(甲二)によれば、本件墓地使用規則は、墓地の使用に関する制限として、管理者が、墓地の使用について管理上必要な制限又は条件を付けることができること(六条)、使用墓地に墓石を築く等の工事をするときには、墓石規格の関係上管理者に届け出て承認を得なければならないこと(七条ロ)等の主として物理的管理上の制限を規定しているだけであり、墓石の題目を被告住職が書写しなければならない旨の規定はなく、その他、原告と被告との間で、墓石に関して被告住職の書写した題目を刻印する旨の合意がされたと認めるに足りる証拠はない。
4 また、日蓮正宗に墓石について本件方式によるとの教義があるかはともかくとして、原告及び被告が、被告寺院墓地において確立した慣習に従う意思を有していたかを判断する前提としての慣習の存否について検討するに、証拠(甲六の1ないし10、九、二〇、乙一ないし九、一〇の1、2、一四、六一、証人鈴木俊英、同水島公正、原告、被告代表者及び弁論の全趣旨)によれば、被告の寺院墓地内には、約五四〇基の墓石が存在するところ、墓石正面に日蓮正宗の題目ではなく「鈴木家之墓」などと刻印され、被告において特に許容されてきたものが六基存在していること、また、住職の書写したものでない題目を墓石正面に刻印した墓石も数基存在していること、日蓮正宗において、墓石の題目を寺院住職が書写しなければならないと明確に記載した文献としては、平成元年版の日蓮正宗教師必携(乙四)及び平成七年の聞正寺年中行事表(乙一〇の1、2)があるが、前者は原告ら信徒が日常目にするものではなく、後者は、被告の行事表ではないうえ、比較的近年のものにすぎず、墓石の題目を寺院住職が書写しなければならないことが、本件被告墓地関係者間において、文書等により周知徹底されていた事実は窺えないこと、墓石の題目の文字に関する原告の認識も、代々法主の文字や石材店が自らデザインして彫った文字、もしくは、住職の文字という程度のものであり、必ず現住職の書写した題目の文字を刻印しなければならないとの意識はなかったこと等の事実を認めることができ、以上からすれば、被告墓地内において、墓石正面には被告現住職が書写した題目を刻印しなければならないということが、教義として周知徹底され、慣習として確立しているとまで断ずることは困難である。
四 抗弁二について
前記三認定事実によれば、本件墓地区画は被告の寺院墓地内にあり、同墓地内における被告の信教の自由は十分保障される必要があるから、その限度で、原告の本件永代使用権も一定の制約を受けざるを得ず、原告は、本件墓地区画に墓石を設置するにあたっては、被告の宗教活動の自由を侵害したり、その宗教的感情を著しく害することのないようにする義務があるというべきである。
しかしながら、本件においては、原告の請求は、被告の現住職の書写によらない題目を刻印した墓石を設置することを求めるものであり、その限度で、被告の主張する方式に反するとはいえ、原告の自己の宗教的感情に沿う墓石を設置する自由も十分尊重されるべきものであり、原告が既に日蓮正宗の信徒ではないことや、本件墓石が全くの異宗派の様式の墓石の建立を求めるものではなく、日蓮正宗の題目を刻印した墓石の設置を求めるものであり、その様式は住職の書写によらない点を除いては日蓮正宗の方式に概ね従っていること、証拠(甲二一)によれば、日蓮正宗の寺院墓地といえども、他宗派の墓石が存在するところもあることからすると、既に信徒でなくなった原告が本件墓地区画に本件墓石を設置することによって、被告の宗教活動の自由自体が侵害されるとはいえないし、被告の宗教的感情が害されるとしても、受忍すべき範囲内にあると解するのが相当である。
五 原告は、本件墓石設置の妨害排除と拒絶禁止を選択的に求めているが、被告が具体的な妨害行為を行った形跡のない本件においては、妨害排除まで認める必要はなく、拒絶禁止を認容すれば足りるというべきである。
六 以上の次第で、本件墓地区画内に本件墓石を設置する権利の確認及びその拒絶禁止を求める原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・松田清、裁判官・大野和明、裁判官・島村路代)
別紙<省略>